<前回のあらすじ>
金曜の午後に急ぎの仕事が入った。上司は早引けしてすべてをサラに一任。サラを助けて残業することにしたヒロミちゃんに、「チャンスはいつくるかわからない」とサラが言い、黒い瞳をギラリと燃やした。
午後8時、広々としたプライスファイヤー会計会社のオフィスは水を打ったように静まり返っている。ガラス張りの会議室にあるマホガニーの巨大なテーブルの上に書類が散乱し、サラとヒロミが仕事に没頭している。
それから2時間、やっと仕事が完了し、50ページを超える書類をお客にFAXとEメールした後で二人はオフィスを出た。二人のお腹が空腹で同時に鳴った。二人は顔を見合わせて笑い、近くのホテルのレストランで食事をすることにした。
オーダーを済まし、まずはビールで乾杯すると、ヒロミちゃんに長かった一日がよみがえってきた。一息ついたサラは、今までよりずっと親しげムードだ。
今日は本当にありがとう。一人でやっていたらきっと徹夜になっていたわ。実はね、この仕事が来たときは、天からチャンスが与えられたと思ったわ。
このクライアントは大切なお客で、わがままも言うけど進歩的な考えをもっていて、新しい提案をどんどんくみ上げてくれるの。月例会議があって次は私も上司の付き添いで行くんだけど、今日の急ぎの仕事に関連した件で、発言する機会を狙ってみるわ。
ヒロミちゃんには、サラの言っている意味がよくわからなかった。
なぜ、土壇場の仕事を受けたことと会議に出席することがそれほどのチャンスなのだろう?
サラの説明は、ヒロミちゃんの想像を何倍も超えたものだった!
今日の仕事を例に挙げて、土壇場の仕事を迅速に処理する会計システムを提案するのよ。受け入れらたらそれを私が担当する様に話を進めるの。
でもそんなことしたら上司が気を悪くするのじゃないかしら?
もちろん私の野望にはすぐ気が付くはずよ。でも、彼を押しのけようって言うんじゃないんだから大丈夫よ。何と言っても会社の売り上げに貢献するわけだし、さしあたりはすべて彼の業績になるんだから・・・。
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ヒロミちゃんは北米の敏腕キャリアウーマンを目の当たりにした気がした。北米のビジネス世界は、日本のように>合議制ではなく、部署の責任者が自分で決断すると聞いていたが、責任者の下で働く人も、出世を目指して自分で決断しているのだ。
ヒロミちゃんは、日本で働いたこともあるデイビッドの言葉を思い出していた。 “日本は団体戦で。こちらは個人戦。こちらでは、誰もが個人として成功する機会を求めている”
ヒロミちゃんの目に、サラが、獲物を狙うしなやかで敏捷な動物のように映った。(続く) |