「モザイク社会」 カナダ社会を説明する際に、「モザイク」という表現がよく使われる。「人種のるつぼ」と呼ばれ、それぞれの民族的特色が融合されてしまうアメリカに対し、カナダでは、お互いの出身地域の文化を尊重し、それを保持したまま、モザイクの一片一片のように共存しながら国を形成しているからだ。多文化主義政策はカナダの国の方針でもあり、「多文化主義法」によって保証されている。 2001年国勢調査結果によると、「あなたの民族的な出自は?」という問いに対して、200以上もの出自の種類があることが分かった。この質問は世界のどの地域から先祖または自分がやって来たかを問うものだが、これに宗教の違い(例えば、「アイルランド出身プロテスタント系」「ロシア出身ユダヤ系」「ソマリア出身イスラム系」など)を加えると、際限ないほど細分化されていくことになる。 異なった文化・民族的背景の人々が集まると、何かと問題が起きるのでは?と思いがちだ。その昔、フランスのドゴール元大統領は、フランスの各地域における文化差や対立に言及して「各地域が自慢するチーズの銘柄だけで200以上もある国を治めるのは至難の業だ」と嘆いたという。今日のカナダの多様性はフランス・チーズにも負けないほどだが、若いカナダ人はこの多様性をプラスとして積極的に受け入れているようだ。そしてこの傾向は大都市になるほど強い。 成長する大都市と異文化ミックス度の違い これまでカナダの人口は、アメリカ国境に沿って東西に伸びた細長い地域にほぼ均等に集中していると言われてきた。しかし、近年その傾向に変化が見え、今や全人口の半分は、トロント(オンタリオ州)、バンクーバー(ブリティッシュ・コロンビア州)、モントリオール(ケベック州)、エドモントンとカルガリー周辺(アルバータ州)の4つの大都市圏に住んでいる。そして、これらの都市が、活発な経済を背景にカナダの文化的多様化を推し進めているのだ。 外国からの移住者のほとんどは就職口の多い大都市近郊に居住する傾向があり、地方に行くほど移住者の人口が少ない。4大都市圏のなかでも異文化ミックスの最先端を行くのがバンクーバーで、以下、トロント、モントリオール、エドモントン・カルガリーの順となっている。例えば、自分と違う民族・宗教・文化的背景をもつ相手と結婚するミックス婚(異文化間結婚)の件数が最も多いのはバンクーバーで、全既婚者数の7.2%、20歳代のカップルに絞ると12.9%に昇る。「配偶者を選ぶ時、自分と同じ民族出身であることが重要だと思うか?」という問いに対して、「そう思わない」と答えた人の割合もバンクーバーが86%と最も多く、トロントは68%、モントリオールでは65%。「違う民族の出身者と結婚するのは良くない」と答えた人はバンクーバー5%、トロント7%、モントリオール11%だった。若い人ほど、学校や大学で多様な文化背景を持つ人々と交わる機会を多くもつため、他文化への寛容度が強まるようだ。 「ビジブル・マイノリティ」の勢い カナダの多様化の元となっている移住者やその子弟、なかでもヨーロッパ系以外の人々を、「ビジブル・マイノリティ」と呼ぶことが多い。これは「目に見える(ビジブル)少数者(マイノリティ)」で、英国系・フランス系といった主流カナダ人(白人)と外見が異なる人、という意味だ。アジア系、アフリカ系、中南米系などの民族的背景をもつ住民のことを指し、日系人もこれに含まれる。ビジブル・マイノリティのなかでさらに、カナダ国内で生まれた移民第2・第3世代の人、カナダ国外で生まれて移住してきた人、と細分することも多い。 都市別の特色 ビジブル・マイノリティ人口の各都市における内訳を見てみよう。バンクーバーは太平洋への窓口という地理的条件を反映して、中国、韓国、東南アジア、南アジア(インドやパキスタン)といったアジア系住民が多いが、特定の一集団が圧倒的な勢力をもつわけではない。それに比べて東部のトロントとモントリオールは、19世紀のカナダ建国以来、前者が英国系、後者がフランス系住民の拠点であり続けてきたため、いまでも英国系、フランス系の優勢は基本的に変わらない。大西洋を越えて渡ってきたその他ヨーロッパ系の移住者が何世代にも渡って根付いており、トロントにもモントリオールにもイタリア系、ギリシア系、ウクライナ系、ユダヤ系などのコミュニティが栄えている。ので、文化的多様性は強くても外見から判別のつく「ビジブル度」という点ではバンクーバーとは異なる。ただし、アフリカ、カリブ海諸国やアメリカから移住したアフリカ系住民の割合に関しては西海岸より東部の方が多い。豊富に産出する天然資源を背景に経済成長を続けるエドモントン・カルガリーのビジブル・マイノリティ人口は全体の約20%で、最近では他の三者に数のうえで迫る勢いだ。近年の傾向としてはアジア諸国からの移住者が全国的に増加しているので、どの都市でもその割合が年々高まる傾向にある。ある調査でトロントとその近郊の電話帳に登録されている苗字を調べたところ、中国系の「リー」さんと「ウォン」さんを合わせた数が、英国系でもっとも多い名前である「スミス」さんを上回った、という結果も出ている。 胃袋で知る多文化主義 ところで、カナダに初めて接する人にとって、これらの都市の異文化ミックス度が見て取れるのは、まるで人種の見本市のような街ゆく人々の姿や、星の数ほどもある各国料理店だろう。一街区に中国・ベトナム・日本・イタリアの各レストランがひしめき合っている図はざらに見られる。 エスニック系レストランは、もともと移住者に祖国の味を提供するためにできた場合が多いが、次第にカナダ人や観光客にも人気が出るようになり、カナダ文化の一部となってきている。「BCロール」(鮭の皮の付いた部分を焼いて巻いたスシ)などカナダ独自のメニューを生み出して発展を続けるスシや、テイクアウト食として確立した中華料理などはその最たるものだろう。今年はアテネでオリンピックが開かれたこともあり、ギリシャ料理が注目されるかもしれない。お国の伝統を反映して深夜遅くまで飲食と歓談で賑わうギリシャ・レストランは、そこの一画だけまるで南欧に迷い込んだような錯覚を覚える雰囲気だ。名物料理のカラマリ(イカのフリッター)やギリシャ・ワインをお供に、地元のギリシャ系住民と一緒にお祭り気分を味わうのも、カナダの楽しみ方の一つだろう。 究極の「多文化レストラン」 異文化ミックスの縮図のような店もある。トロントのダウンタウンにある人気のスシ・レストラン「ブロウフィッシュ」の共同オーナーはそれぞれインド、パキスタン、ウガンダ、アイルランド、ウクライナと多種多様な移民の子女だ。店を立ち上げたこれら30歳代の起業家たちは、トロント近郊で多様な民族と文化が混ざり合うなかで育ったため、人種を理由に差別を感じたことはほとんど無く、一緒に店をもつに至ったのも自然な成り行きだった。韓国出身の調理主任・キムさんは、「お互いの文化・社会・政治的信条よりも、ビジネスの成功を最優先させる。それでも、違った背景をもった者同士が集まって、(この店という)新しい文化のシンボルを作ろうとしているのだから、大体のところで意見が一致しないとやっていけない。きっとうまくいく、と全員が納得できるアイデアでなければ採用しない」と語っている。文化の融合を普通のものとして受け入れる若い世代が増えていくにつれ、このような店がカナダの各都市にますます増えていくことだろう。
国際結婚なんて当たり前? 生涯の伴侶に、自分と異なる民族・文化に属する人を選ぶことは、究極の異文化交流だろう。この点でもカナダは世界の先端を行っていると言えるかもしれない。現在、カナダで結婚または事実婚(結婚届は出していないが、法的に結婚とほとんど同等な同棲状態)しているカップルのうち、その3%以上は違う民族的背景をもつ者同士で、その多くは白人とビジブル・マイノリティの結びつきだ。こうした状況をもつカナダで、絶対数そのものは少ないものの、異文化カップルを生み出す割合では、日系カナダ人が他の民族集団をリードしているという統計結果が出ている。 2001年国勢調査結果によると、夫婦のいずれかが日系人である約2万5千百組(事実婚を含む)のうち、70%は日系人と日系人以外の結びつきだった。これほどの確率の高さは、他の民族的背景をもつ集団には見られない傾向で、2位の中南米系45%、3位のアフリカ系で43%を大きく上回っている。 日系の歴史との関連 日系カナダ人のミックス婚率が高いことには歴史的背景がある。第2次大戦中から戦後にかけてカナダに住んでいた日系人は敵国人として見られたため、日系コミュニティーの本拠であったバンクーバーから強制移動させられ、カナダ社会と同化することが避けられなかったのだ。戦争を経験した世代の多くは積極的にカナダ社会に同化し、なるべく他の日系家族と離れて暮し、カナダ人以上にカナダ人らしくなろうとした。そのため、大学や職場など、将来の結婚相手を見つける可能性が高い場で他の日系人との出会いが少なかったのだ。 しかし、そうした歴史的理由と別に、カナダ人と結婚する若い日本人が過去10年ほどで顕著になっている。留学やワーキング・ホリデー制度を利用してカナダを訪れ、現地の人と交際して結婚にいたる場合もあれば、ビジネスやJETプログラム(小中高校の英語教師アシスタント招聘プログラム)などで来日したカナダ人と日本で知り合い、結婚後にカナダへ渡る例も多い。日本でいわゆる「国際結婚」として扱われるケースだが、性別で見た場合、カナダ人男性と結婚する日本女性が圧倒的に多く、その逆は稀という点は注目に値する。 日本人は国際結婚向き? 日本文化の特性から、日系人のミックス婚の高さを考えてみることもできるかもしれない。西洋から見ると日本は閉鎖的な社会で、外国人との親交が少ないと思われがちだが、日本文化は伝統的に外国文化をスポンジのように吸収しながら発達を遂げてきた。古代には中国文化、現代ではアメリカ文化をそれぞれ日本流にアレンジしながら取り入れてきた。旺盛な好奇心と、変化に対する対応能力が強い日本文化の特徴を、今回の統計調査結果の原因の一つと指摘する専門家もいる。現在の日本の社会には、女性が能力を発揮できる場にまだ限界があることや、夫婦が平等な個人同士であることが当たり前であるカナダに、より自由を感じる日本人女性が多いということも理由の一つであるようだ。 ミックス婚成功の秘訣 ミックス婚であろうとなかろうと、結婚を成功させる秘訣はお互いの理解と周りの協力によるところが多い。結婚を機にカナダへ新規移住してカナダ人との結婚を成功させる要素として、@夫婦がお互いの国に住んだことがあって、相手の身になって考えられる、Aお互いの言語(日本語と英語の場合が多い)を学ぶなど、相手の出身文化に対する柔軟な姿勢がある、B夫や妻の実家が協力的である、といった点があげられる。
過去10年間にミックス婚が35%増加 カナダ統計局によると、2001年の時点で全国1410万組の夫婦(事実婚を含む)のうち、45万2千組が異なる民族的背景をもつ「ミックス婚」だ。1991年以降、全体の結婚数は10%しか上昇していないが、ミックス婚は10年間で35%増加した。その原因には、社会が異文化に対し寛容になってきていること、異文化間の交流を阻む社会的障壁が低くなっていること、カナダ社会の多様化が進んでいること等が挙げられる。
(参考文献・Erin Anderson他著 The New Canada McClelland & Stewart Book, 2004
|
禁無断転載 Japan Advertising Ltd. - Canada Journal |